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    2015.02.01 Sunday 00:00

    子平町の藤(概要)

    仙台市指定保存樹木『子平町の藤』
    [昭和56年6月5日に指定されました]

    子平町の藤は、1592年に伊達政宗公25歳のときに豊臣秀吉の
    命令で朝鮮に出兵し、翌年1593年(文禄2年)松島瑞巌寺の臥龍梅と
    ともに持ち帰ったものを、千田家の先祖が拝領し育て続けてきました。
    現在は、政宗公に仕えてから14代目所有者・千田文彦が管理に
    あたっております。

    [データ]
    広さ :約300屐∪臑羯垰慊衒歛玄木指定範囲は235.16
    棚作りで、栗の柱68本
    (屋敷林:平成26年12月5日に仙台市指定第11号
    保存樹林として認定されました(352.28屐
    木の年齢 : 420年以上
    花房の長さ :最長185cm 近年では165〜170cm


    [1年の主な流れ]
    5月中旬   :花期
    花が終わったら:花房を全部切り取り、御礼としてお酒(昔はどぶろく)と、
            鶏糞を肥料として入れる
    12月    :葉が落ちたら枝の剪定
    2月     :藤棚の竹や柱を取り替える/肥料をやる
    4月     :枝を棚に固定する


    [千田家]
    千田家初代から「御職人」とよばれ、切米・扶持米を家禄として
    支給されていました。五組の大工棟梁のうちのひとつ「千田組」として、
    十代まで青葉城、江戸上屋敷、瑞巌寺、陸奥国分寺、大崎八幡宮などの
    建築と修復にあたりました。


    [「子平町」の由来]
    伊達政宗公が1600年(慶長5年)に町づくりをしたときは
    「御職人屋敷」であり、二代目忠宗公の時代に「半甲町」に、
    そしていつのころからか「半子町」になり、昭和42年に
    現在の「子平町」となりました。
    江戸時代後期の経世論家・林子平氏の墓があります。
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